【おさんぽ】赤い傘
初夏5月、雨がしとしと降っていた。
わたしは小さい頃から、雨の日がきらいではなかった。
芽吹いた新緑の木々が鮮やかな水に洗われてとてもキレイにみえるからだ。
そんな中でも特に明るい雨の日の午後、わたしは久しぶりお気に入りの傘を手にもち、散歩に出かけたのだった。
街中とはいえこの辺りはそんなに都会でもない。
家々の間には公園も緑もたくさんある。
わたしは、傘が奏でる雨の音を聞きながら道々の緑を眺め歩いていった。
(ミィ… ミィ ミィ
ふいに、どこからか聞こえてくる仔猫の鳴き声に気づいた。
声のする方を見ると、むかいの空き地にちいさくて真っ赤な傘が、まるで地面から咲いているように揺れていた。
仔猫の声はどうやらそこから聞こえているらしい。
少し近寄ると、そこにはレインコートに黄色の長靴、真っ赤なランドセルを背中にしょった、小さな女の子が草むらの中、雨で濡れそぼった小さなダンボールの前に、傘をさしてしゃがみこんでいたのだった。
(ミィ…ミィ…
女の子は、少し不安そうな顔で、少し悲しそうな顔をしていた。
ダンボールの中には鳴き声の仔猫がいるのだろう。
小さなハンカチを、小さな手でギュっとしぼっては、何度も何度も、箱の中の仔猫の体を拭いている。
小さな赤い傘はその度に揺れる、何かを訴えかけるような。そんな赤い花のようだった。
(ミィ… ミィ…
しばらくして、いつまでも鳴き続ける仔猫を少女はそっと抱き上げた。
膝のうえにのせてやり、頭をなでてやると仔猫の鳴き声が止んだ。
女の子の嬉しそうな顔。でも、ちょぴり悲しそうな顔。
…どれくらい そうしていたのだろうか。
女の子はそっと仔猫を抱き上げると、元いたダンボールへ戻した。
赤い傘を雨がかからないように置いてやる。
最後に3回、ゆっくり頭をなでてから、女の子はそこを立ち去ろうとする。
(ミィ… ミィ… ミィ…
立ちあがったその場から、3歩あるいた。
立ち止まってから、もう2歩あるく。
(ミィ… ミィ…
もう1歩あるいてから、振り返った。見つめる視線の先には、やっぱり、仔猫がいた。
悲しそうな顔は今にも泣き出しそうだった。
鳴き続ける仔猫。
そうして女の子が仔猫を見つめていたのは…何秒…何十秒?
ふいにダンボールへかけよると、仔猫の小さな体を抱き上げ、自分のコートの中へ押し込んだ。
迷うことなく振り向き、わたしの横を走っていった。
小さな命を大事そうに、大事そうに両手で抱えたまま。
この上なく嬉しそうな顔をして…。
わたしは、この先一生忘れることがないだろう。
そんな、笑顔だった。
草むらにあるのは、取り残された小さなダンボールと小さな赤い傘。
そういえば 雨はもうすっかりあがっていた。