あをぎりの小さなおはなし

つれづれなるままにその日暮らし…

【ねこばなし】美佳とさくら

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 ある春の昼さがり、私は高校からの親友である美佳のマンションを訪ねました。
 一緒に合格した大学を卒業後してからは、お互いに仕事もあり、時々電話と食事をするくらいでしたが、この秋に結婚が決まったとのこと。
 何度も、おめでとう!を言ったあと、美佳から結婚式でいろいろとお願いしたいって相談を受けたので、本日訪ねることになったのです。
 マンションに入ってみると、エントランスがあり、イマドキのオートロックシステム。
 部屋番号は聞いていたので、ボタンをプッシュしてチャイムを押しました。
「わたしー。着いたよー」
「はーい。今開けるね」

 エレベータで5階へあがり、美佳の部屋までたどりつくと、親友は笑顔で出迎えてくれました。
 通されたリビングで、ソファーに座ろうとすると、部屋の隅に置かれたキャットタワーが目につきます。
 中ほどのせり出した台部分には、1匹の白ネコが座っていて、興味心々な目でこちらを見ていました。
「美佳、ネコ飼ってるんだね」
 私が、ソファーに座りながら言うと、キッチンスペースでコーヒーを淹れながら美佳が答えました。
「うん『さくら』って言うんだよ」
「やっぱり」
 私は思いました。
 私の表情と視線に気付いたのか、美佳がいいます。
「あ、そっか。香織には、話したことがあったんだっけね」
 再びコーヒーを淹れる作業に入った美佳を見ながら、私は美佳と親友になった高校時代を思い出していました。


 私たちが通っていた高校は、普通科もありましたが家政科があり、男3:女7の半分女子高みたいな学校でした。
 私と美佳は、普通科のクラスメートでしたが、大学受験の都合もあり家政科とは必修科目が別れてまして、その上普通科は1クラスなので1度入ったら3年間はクラス変えはありません。

 美佳はその中でも、在学中学級委員長を譲る事なく、3年生の時には生徒会の副会長も務めた、いわゆる才女でした。
 当然といいますか、「クラスに1人はこんな女子はいたよね」と言われるくらい、とっつきにくいクラスメート。
 それが、美佳の第一印象でした。

 対して私は、可もなく不可もなく、友達とのおしゃべりと、クラブで入ったブラスバンドに勤しむだけの普通な女子高生。
 学級委員長の美佳とは、ほとんど会話もなく、1年生の短い時間はごく平凡に過ぎ去っていきました。


 学校には一般校舎の他に、音楽棟と呼ばれる別棟がありました。
 1階に化学室、2階に視聴覚教室、3階にクラブ活動も行う音楽室があって、学校プール横の10mくらい高い丘になった所に建っていました。
 プールへ降りる階段の横には、丘の斜面に沿って、コンクリートの観客席のような段がつくられていて、みんなからは「観客席」と呼ばれていました。
 天気のよいお昼は、クラブのみんなでよくそこに座ってお弁当を食べていました。
 また、観客席は南向きで日辺りの良いせいか、ネコの集会所になっているらしく、何匹ものネコがよくひなたぼっこをするスポットになっていました。

 私たちも、その仲間入りをするついでに、お弁当のから揚げなんかをあげていたのですが、それを目ざとく見つけたのも当時の美佳です。
 ある朝のHR、担任から「最近学校に出没するノラ猫にエサをあげているものがいる。衛生面からもその様な事はしないように」とのお達しがありました。
 クラスの皆は、誰がそんな事を言いにいったのかは、大体想像はついていたのですが、美佳はわざわざ手を上げこういいました。
「このクラスにもノラ猫にエサをあげる人がいるようですが、そのような行為は、単なる偽善です。きちんと責任を持って飼うことの出来ないのであれば、動物へエサをあげるようなことはしないほうが良いと思います」
 それ以降、みんな自粛はしたものの、当の猫たちは当然集会スポットの変更などは行わなかったので、こっそりお弁当の残りをあげる日はつづきました。
 美佳はクラスの中でますます、浮いた存在になっていました。


 きっかけというか、その事件は、私が高校2年の秋に起きました。
 学園祭を間近に控え、ブラスバンド部も発表会の練習で毎日がクラブ活動が遅くなり、帰る頃にはあたりはすっかり暗くなっていました。
 本校舎のほうでは、それでもまだ模擬店の設置や組立てなんかで、人はちらほらのこっているようで、いくつかの教室からは明かりが漏れていました。
 私は、その日は鍵当番だったので、練習の終わった楽器をロッカーにしまうと、誰もいなくなった音楽棟のカギを閉めました。

『ヴニャァアアア』
 その声は、鍵を返しに行こうと、私がプール横の階段を下りているときに聞こえました。
「え?何?」
 それは猫の叫び声のようでしたが、春先によく聞くあの鳴き声とはハッキリと違うモノでした。
 耳をすますと、プール向こうにある給水ポンプの向こうから、「フーッ」「フーッ」っと鳴き声とも荒い息ともつかない声が聞こえます。
 気になった私は、急いで職員室に鍵を返すと、先生への挨拶もそこそこに、音楽棟の方へ戻りました。
 戻りかけに、用務員室から非常用の懐中電灯を拝借し、照らしながらポンプまわりを見て見ると、やはり入り組んだパイプの奥に、1匹の白猫がいました。
 猫は、目を光らせながら、ボロ布の上に寝そべってこちらを見ていて、やはり「フーッ」とか「ヴーッ」っとか声を出しています。
 ケガでもしているのかなと、心配した時、ライトに照らされた白猫の足元に2つの塊が見えて、ようやく私は事態が飲み込めました。
「なんだ。ケガじゃなくてお産か」
 私が、そう思ってほっとしたのも束の間、急に後ろのほうから声がかかりました。

「そこにいるのは誰?何をしているの?」
 渡り廊下の蛍光灯の下、声をかけてきた主は、紛れもなく美佳でした。
 ある意味一番見つかりたくない人に見つかってしまった訳です。


 私の近くまで来た美佳は、懐中電灯をもって立ったままの私の顔を見ていいました。
「小嶋?さん?」
「あの、吉崎さん。これはね。あの。たまたまなんだけど、声が聞こえてそれで…」
 私がしどろもどろいい訳を考えていると、奥からのうなり声に気付いたのか、美佳は懐中電灯を取り上げると、パイプ奥の白猫を見つけ、そのまま固まってしまいました。
「さくら…」
 美佳は、呆然としながら小さな声で、そう言ったように思います。
 私は、固まったまま動かない美佳に声をかけました。
「吉崎さん?」
 次の瞬間、はっと我にかえった美佳は私の手を掴むと、スグにその場を離れ、プール脇の観客席の所へ私をつれていきました。
 連れていかれながら、頭の中は、いやみたっぷりの小言を覚悟していたのですが、そこで美佳が放った言葉は意外なものでした。
「小嶋さん。どれくらいあそこにいたの?」
「はい?」
 何を聞かれたのか一瞬わからず、本当にそう応えていました。

「猫ってね。飼い猫でも、出産の時は人目があると絶対に生まないものなの…」
 聞かれた事の意味がわからず、ボーっとしていた私に、美佳は話し出しました。
 特にノラ猫はそうだろうし、あのまま人がいたら、産めずに親子ごと死んじゃうかもしれないとか、生まれたばかりの仔猫をあまり人が触りすぎると、親猫が噛み殺してしまうこともあるとか、私の知らないことばかりでした。
 …と、いうか。
「あの…。吉崎さん、猫飼ってるの?」
 私は、聞きながら思った疑問を口にしていました。
「う…ん。小さい頃にね、飼ってたことがあるの。…死んじゃったけどね」
 美佳はそう答えました。
 美佳のその言葉を聞いた瞬間、これまであったいろいろな事が、なんとなくなのですが解ったような気がしました。

 ふと気付くと、それまで聞こえていた、うなり声が聞こえなくなっています。
「全部産まれたのかな?」
 私は、美佳に言いました。
「…違うと思う。ちょっと様子みてくるね」
 美佳は、懐中電灯を手に取ると、再びポンプ場の隙間を覗きこんでいました。
 戻ってくると、懐中電灯を私へ寄こし、「待ってて」と一声残して校舎の中へ走ってゆきました。
 戻ってきた美佳の手には、洗ったお弁当箱に汲んだ水と、美佳の体操服がありました。

 二人でポンプ場へもどり、私が隙間を照らすと、猫はぐったりとして動かなくなっていました。
 美佳は配管の隙間に体をねじこんで、白猫の元へゆき、弱りきった猫へ「ごめんね。ごめんね」と言いながら服をかけてやり、水をおいてやっていました。

 戻ってきた美佳に聞くと、4匹は産まれているけど、もう何匹かはおなかの中にいそう。とのことでした。
 既に時計は8時を過ぎており、時間も遅く、明日の朝にもう一度様子をみるしかないかも。
 そんな事を話していたとき、やってきた見回りの先生に見つかってしまいました。
 猫のことは当然告げず、二人して、その場をなんとかごまかし、
「じゃ、吉崎さん。明日の朝練のあとで続きは話すね」
って切り上げ、私は帰路につきました。
 よく考えたらブラバン、明日は朝練ないんだった。


 翌日、朝6時に学校に行ってみると、美佳は既に学校に来ていました。
 陸上部の朝練を横目でみつつ、プールに近づくと、観客席に座った美佳は、顔だけ上げて挨拶をしてきた。
 私は、美佳の隣に腰を下ろしました。
 私の手には、来る途中にコンビニで買った、キャットフードの缶と小さいミルクのパック。
「怒られるかもしれないけど。余計な事しちゃった」
 私はそう言いました。
「ううん。私もさっきあげてきちゃったから同罪だし」
 浮かない顔で美佳は答え、続けて言った。
「…あのね。6匹産まれてたけど、3匹はダメだったの」
 私はようやく、美佳のひざの上あるタオルで包まれた小さな塊に気付きました。
「そっか」
 何と言っていいのかわからず、私の口からでたのはその一言だけでした。

「小嶋さん。…ごめんね」
 しばらくの沈黙のあと、美佳は話し出しました。
「いや、吉崎さんが謝ることとか全然ないし、もともと見つけたの私だったし…」
 あせっていい訳のような事を言う私に、美佳は初めてさくらとの思い出を私に話してくれました。

 美佳が小学校1年生の時に、ケガをして庭に迷い込んだノラ猫は、真っ白な毛色をした女の子でした。
 鼻のまわりと耳がほんのり桜色で、桜の木の下で鳴いていた所から、名前は「さくら」と名付けられました。
 最初はケガのせいもあり、なかなか懐いてくれなかったものの、いつのまにか一緒にベッドで寝るようになり、トイレにまでついてくるようになったとか。
 しかし、美佳が中学に上がって受験も控えたころ、病気にかかったさくらは、突然美佳の前から姿を消してしまいました。
「猫はね。自分の死期を悟ると、本当に大切な人からは姿を消してしまうんだよ」
 両親がかけてくれた精一杯の言葉だそうです。
 さくらはやんちゃな子で、家に入ったカナブンをおいかけて、テーブルの食事をひっくりかえしたり、こっそり障子に穴を開けて、自分専用の通路を作ってしまったりと、何かにつけ元気一杯な子だったそうです。
「あの時、あの猫がなんだか、さくらに見えちゃったんだ」
 さくらの話をする美佳は、本当に楽しそうな顔をしていました。
「だから、本当はノラ猫なんていなくなって、全部の猫にかわいがってくれる飼い主がいて欲しくて…」
 ひざの上のタオルをさすりながら、うつむく美佳の肩は、小さく震えていました。

 放課後、2人で用具室からスコップを拝借し、音楽棟の裏の柘植の木の根元に、3匹の仔猫を埋葬しました。
「…ノラ猫なんだから仕方がない。って思いたくない」
 涙を落としながら、つぶやいていた美佳の言葉は今でも憶えています。


 それから、しばらくの間、あるはずのないたった2人の朝練は続きました。
 幸いなことに、先生に見つかることもなかったのですが、ノラ猫のさくらさんは、3匹の仔猫を残したまま6日目に姿をくらまし、そのまま戻って来ることはありませんでした。
 美佳いわく「ノラ猫なら、あるといえばある事」なのだそうです。

 二人で悩んだ末、出した結果は、里親を探すことでした。
 方法は美佳が即決、ちょうど学園祭を翌々週に控えていた時でしたので、その時に募集しようと決めました。
 私は、仔猫を直接見て、触ってもらったほうがいいのではないか?と思ったのですが、美佳はそれを却下。
 なんでも、直接動物を持ち込むのはまずいし、仔猫の免疫うんぬんで、小さすぎる時に大勢の人が触りまくるのは良くないとのこと。
 幸いなことに、うちは父がコンピュータ関連の仕事をしており、自宅には機材が一式揃ってたので、里親案内作りはまかせてもらい、美佳には、デジカメで写真を撮りまくることをお願いしました。

 そこからの美佳の行動は、今思い出してもA型の典型ともいえるほどの素早いものでした。
 まずは、3匹の仔猫を自宅に持ち帰り、無理やり「期限つきだから」と両親を説き伏せたそうです。
 次に、職員室と学際の実行委員に速攻で話をつけ、ポスター設置の許可をもらい掲示場所の確保。
 そして、仔猫のプロフィールと写真と注意書きを、次の日には私宛てにメールで連絡してきました。
 ちなみに、3匹の仔猫は、茶色っぽいキジトラ、黒っぽいキジトラ、両足とおなかが白いトラ柄の3匹でした。
 父はノリノリでポスター作りを手伝い「1匹ウチで飼おうか?」とも言いましたが、母から即座にダメ出しをもらっていました。

 そんなこんなはありましたが、学際も盛況のうちに終わり、父の写真加工がよかったのか、10人以上の里親申し込みがあり、3匹の仔猫は、後日全てもらわれていきました。
 引渡しの時に美佳が「元おノラさんなので、検診をしっかり受けさせてあげてくださいね」と言ったのは、言うまでもありません。

 その後、観客席でのランチ仲間に美佳も加わるようになりました。
 ネコの集会所はあいかわらずで、それでもこっそりお弁当を分けてやっていると、美佳は「しょうがないなぁ」って目で私を見ていたものです。
「あのさくらちゃん。どーしたんだろーね」
 なんて話も時々しました。
 そしていつしか、吉崎さんは美佳になり、小嶋さんは香織になり、一緒の大学に合格した時には手を取り合って喜んだものでした。
 大学卒業後、美佳も私も、そのまま大学のあった神奈川に就職し、もう2年の月日が経ちます。


「それでさ。二次会の事なんだけど…」
 コーヒーカップをお盆に載せ、美佳がリビングへ戻って来ました。
 キャットタワーにいたさくらが、ストンと降りてきて、私の前にちょこんと座り、私を見上げます。
「さーくら」
 私はさくらの名前を呼んでみました。
「受付をお願いしたいんだけど…ちょっと香織、私の話聞いてる??」
 さくらばかり見ていたせいか、ちょっぴり不満そうに美佳がいいます。
「ごめんごめん、さくらがかわいいからついつい見てた」
 私は言いました。
 そしたら、さくらが「にゃん?」って一声。
 私たちは思わず吹き出し、改めて結婚式の話を始めたのでした。

 

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