あをぎりの小さなおはなし

つれづれなるままにその日暮らし…

【おさんぽ】バンコクの少女

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ここは タイのバンコク市内。
観光寺院からは少しはなれたみやげもの街を 少し不機嫌そうに洋平は一人で歩いていた。
5月終わりのこの時期は、仏様の生誕祭だか、入滅祭だかで町はお祭り一色になっており、道行く店からは、音楽が盛大に流れ、シーズンの観光客を1人でも逃すまいと、客引きも必死のご様子で、数メートル歩くごとに声を掛けられる。
最初はノーサンキューと言って断っていたのだが、あまりの多さに5回目からは、シカトをすることに決め込んだ。

 

「みんな俺をおいて さっさと観光にいっちまうし、どうしたもんかなー」
自分がバスで寝過ごしたのを棚にあげ、周りは外国人ばかりで日本語がわからないのをいいことに独り言をつぶやく。
通り沿いの店を見ても、アジアン色ばっちりのみやげものには何一つそそられなかったし、所々から流れてくるお香の香りは、いかにも外国の雰囲気を漂わせるが、心をうきたたせるものではなかった。
「まぁ会社の社員旅行なんて退屈だから、そのへんぶらぶらしてるって言ってたのも俺なんだけどなぁ…」
置いていかれた原因を自白しつつ、またもボヤキが口をついて出る。
それでもバスの出発までのあと1時間少々をどうにかして潰さなくてはいけない。
あてもなくうろうろしていると、細い小脇の路地があり、そこの露店に置かれた一枚の看板が洋平の目にとびこんできた。


A3サイズくらいの、地面におかれた看板は、安っぽい木の板に紙を貼って手書きされたもので、タイ語?のほかにも英語やら、マレーシア語に並んで、日本語が書かれていた。
『手づくい アクセりり 50バーツ』
ゴシップ雑誌の間違いネタコーナーにでも掲載されそうなシロモノだった。

「なんだこりゃ?あからさまに間違ってんな」
素直な感想を口にしてから見ると、小さな女の子が色褪せて古くなった民族衣装をまとい、指輪やら首飾りやらを並べた敷物の端っこにちょこんと座っていた。

「○×▲∩!フィフティバーツ!○×▲∩!フィフティバーツ!」
女の子は、洋平の視線に気づいたのか、懸命に声をかけてくる。

年頃は7~8歳だろうか?
それまでのポン引きまがいの店員どもとは全く違い、両手を広げて見ていってとアピールしている姿は、なぜか健気で、非常に好印象だった。

洋平は結婚はしていないが、姉夫婦と小学2年生になる姪っ子がいる。
姉夫婦の所に遊びに行った時などは「おじちゃん」の言葉に苦笑しつつも、よく遊び相手にもなっている間柄だ。

この少女は、そんな姪っ子となぜか雰囲気がだぶった。
そんな思いもあったのか、こんな小さな子が頑張っているなら「それなら話のネタに1個くらい買ってもいいかな」と、そんな気になっていた。
ヒマつぶしもようやく見つけ、結論を言ってしまえば、別に「どれでもいい」のだが、それならいっそ一番ネタになりそうな1個を、洋平が一生懸命物色していると、突然、うしろのほうから男の怒鳴り声が降って来きた。

「#★ゞ‡д*! $£”)+<!!」
「おいおい なんだよ?!」
後ろを振り向くと、ガタイのでかいおやじがこれまたデカイ身振り手振りで文句(とおぼしき)声をあげて女の子に怒鳴っている。
何を言ってるかは、当然の事ながら洋平には全然わからない。

最初はただ驚いていた洋平だが、悪意のある言葉というものは万国共通らしく、なんとなく分かってきてしまうものである。 
どうも店を出してる場所が悪いのか店をしまえといってるか、そんなことを言っているようだ。
少女は怯えきった顔で縮こまり、おやじをみつめていた。
次第にこの騒ぎを聞きつけた人が集まりだし、遠巻きにこの様子を見ている。
しかし、これだけ人がいるにも関わらず、誰一人として少女を助けようとする者はいない。
あまりにもなおやじの怒鳴りっぷりとこの状況に、洋平はなぜか段々と腹がたってきた。

「#! $”)+★ゞ‡<!!」
そう度怒鳴って、おやじが女の子の腕をつかんだ時、洋平の理性はきれいに吹っ飛んだ。
「おい、ちょっと待てよ!」
おやじの反対の手を洋平はつかんでいた。
当然のごとく日本語だったがそんなものはクソくらえだ。
洋平の突然の行動におやじは少したじろいだ。
洋平と少女を見比べながら、それでも何かブツブツ文句言いっている。
「ああ?日本語じゃねぇとわかんねぇよ!」
洋平は怒鳴っていた。
「おめーがなんて言ってるかなんて、こっちは知ったこっちゃねぇよ!だけど、こんな小さな子が出してる店に何の文句をつけてるんだ?ソレが大の大人がすることか?」
「応援してやりこそすれ、ソレでどうこうなるようなケチな商売やってる訳じゃねぇだろ!手を放してやれよ!手を!さあ!」
洋平は、おやじの手をつかんだまま、まくしたてる。
気づくと、あたりには先ほどよりも黒山の人だかりが出来ていた。
外国人観光客に、周りの露天の人。野次馬?も大勢いる。
大勢のギャラリーに囲まれ、バツのわるそうなおやじは、女の子の手をはなすと
「$”)!!」
棄て台詞を一言残し、その場を立ち去っていった。
「へん!ザマーミロってんだ!」
人ゴミに消えていったおやじに、何がザマーミロなのかは、わからないが洋平はそう言った。
まぁ、言葉の分からない洋平にはそれしか思い浮かばなかっただけの事ではあるが。


ふと気付くと、あれだけいた野次馬は、いつのまにかほとんどが解散し、女の子は、まだそこに立ったまま洋平を見ていた。
「ああ、大きな声だしてゴメンな」
きょとんとしている女の子に洋平は言う。
「あ、そか、日本語はわかんねぇか。…えーと。」
洋平は片手を立ててお辞儀し、すみませんのジェスチャーをしてみせた。
しかし、少女は、首をかしげて
「Thank? you??」
と小さく言った。
「いや。そーじゃなくてな。サンキューは、ありがとうって言ってな…」
「アイ…ガトウ?」
「いや、うーん。あ!そうだ。コレ買おう。この首飾り!50バーツだよな」
そういって、一番近くにあった首飾りを手に取り、お札をだすと、おもむろに少女は、にっこり笑い、お札受け取って、首飾りを洋平の手から取り上げた。
少女は、洋平の前で首飾りのひもをほどくと、同じようにもう1つのひもをほどき、中に通してあった飾りを何個も何個も追加してから、笑顔で洋平に返す。
「□▽⇔○∀!」
笑顔で差し出された、少しだけ豪華になった首飾りを、洋平も笑顔で受け取った。
「ありがとな」 
それを首にかけて、洋平は言った。
「アリガト?」
「そう。『ありがとう』日本じゃお礼をするときに、そう言うんだ」
もうすっかり三国語でのコミュニケーションをあきらめた洋平が、両手をあわせて『ありがとう』って、おじぎをすると女の子も洋平の真似をした。
「アリガトウ」
顔をあげた 女の子がくすっと笑う。
洋平もなんだかおかしくなってつられて笑ってしまった。

「あ、そうだ。ついでにこのカンバン直してやるよ。ペンないか?ペン!」
再びきょとんとする女の子。
どう考えても、ペンなどなさそうだったので、洋平は自分のポケットに入れていたボールペンで
『手づくい アクセりり 50バーツ』
と書かれた看板の、『い』を『り』に『リ』を『サ』に書き直してやった。

「うんうん。まぁカッコは悪いが、ちゃんと読める」
自画自賛しつつ、両手でカンバンを持ち上げ、眺めていると自分の腕時計が目に入った。
「ああ、いけねぇ。こんな時間だ。バスに戻らなきゃ、置いていかれちまう」
そういって、あわててカンバンを置き、
「もういかなくちゃ。またなー!」
手を振りながら足早に立ち去る洋平に、女の子は両手をあわせて、何度も何度もおじきをしていた。
『アリガトウ…』
振り向くことは無かったが、その言葉は洋平の背中ではっきりと聞こえた。


出発したバスの中では、同僚のOLたちが、きゃあきゃあいいながら、デジカメで撮った写真やら買ったみやげものやらを見せ合っていた。
洋平は一人、窓辺に座り、ゆっくり走るバスから窓の外の景色をながめていた。
流れゆく景色は町並みやみやげもの屋に観光客。
ここはバスが通れる大通りだからあの裏路地は通るはずもないのだが…。

信号待ちでバスが停車した。
ふと見ると、店でTシャツを物色している2人の日本人らしき観光客が目に入った。
首には少女が売っていたあの首飾りとあの首飾りとよく似たものがかかっている。
もしかしたら、同じものなのかもしれない。

「あれ?先輩、ソレどうしたんスか?」
両手にビールの缶を持った後輩が声をかけてきた。
「ん?ああコレか?ちょっとな」
そう言いながら、洋平は冷えたビールを受け取る。

信号が青になると、バスはゆっくりと動き出した。
「少しは…。役にたったのかな?」
そう思いながら微笑む洋平の首には、あの首飾りが静かに揺れていた。

 

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