あをぎりの小さなおはなし

つれづれなるままにその日暮らし…

【おさんぽ】だいえっとウーマン

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 本格的な夏も近づいてきたある初夏の日曜日。朝も早くから弘美は、準備万端で気合を入れていた。
 きっかけは、先月に見た雑誌の特集『夏を前に!あなたもカンタンウォーキングダイエット!』。

 

 この日の為に、有名メーカーのランニングウェアとスポーツタオル、同じく新製品だからと薦められたシューズもフンパツして買い込んだ。
「よし、今日はダイエットの為に一日費やすぞー!」
 9号の夏ワンピをスリムに着こなす!を目標にニワカウォーカーは、意気揚々として出発したのだった。


「疲れた~。 あーノドかわいちゃったなー」
 開始早々20分で、弘美の計画は早くも挫折感を漂わせていた。
 普段からあまり運動をしないせいもあり、ついついそんな言葉が口から出る。

 ジュースの自動販売機でもないものかと辺りを探してみたが、ふと思いなおし自分に言い聞かせる。
『ううん。その一口が減らした分を戻す原因になるのよ!』

 だが、喉が渇いているのは事実である。
 そういえば…で、来る途中に公園があった事を思い出した。
「あそこ確か水のみ場あったはず。あそこでお水でも飲んで…そういえばトイレにも行きたくなっちゃったなぁ」
 そうして弘美は、当面の休憩場所を公園と定め、再び歩き出したのだった。


 しかし歩く事更に数分後…
(ココはいったいドコですか?)
 現在いる場所は、住宅街の多分かなり奥…目標にしていた、この辺にあるはずの公園はドコにも見当たらない…。
 周りは全部、家家家!
 人ゴミや喧騒は嫌いだからと、普段利用している駅と反対方面に向かったたのがアダとなった。
 知らない道でもなんとかなるさと思っていたが、いざ来てみるとなんともならなくなってしまったのだ。

 弘美は特に方向音痴ではないが、普段慣れないウォーキング方法で歩いていたから、風景なんか殆ど見ていなかったし、居場所をチェックする余裕もなかったせいもある…と思う。

 

「道を聞くのにもこんなカッコじゃ、いかにも 『道に迷いました』ってカンジだし。誰も歩いてないし…」
 独り言をつぶやいてみても、返してくれる人も誰もいない、完全迷子状態。
 引っ越してから、駅とコンビニと自分のマンションしか往復してなかった自分を呪いつつ、仕方無く、通ってきたであろう道をさらに引き返してみると、ほどなくして公園が見えてきた。

 

「あったー!公園~!!」
 弘美は、急いでトイレをすませると、洗った手はしっかりとスポーツタオルで拭き、水のみ場へいって蛇口をひねる。

「あー生き返る~」
 しっかりと喉を潤し、一息ついた弘美が目にしたのは、公園の片隅にあったカンバンだった。

「あ、もしかして」
 急いでカンバンの前に走って行くと、それは思ったとおり、地域の案内板。
「やったー!えーと。現在地がココで…駅!駅があるー。よかったー、これで帰れる!」
「この道をまっすぐいって、花屋さんと服屋をすぎてから…へー、この辺以外にいっぱいお店あったんだ…」
 今まで知らなかったご近所町内にしきりに関心してた弘美だったが、ふと一軒の店が目にとまった。
「あ、駄菓子屋さんがある。懐かしいなー」
 弘美の脳裏に、小さい頃の記憶が蘇る。
「ちっちゃい頃は、小銭握り締めてよく行ったっけ。今でもあるのかな?もう開いてるくらいの時間よね」
 駅までの道は、しっかり頭にたたきこんでから ついでに駄菓子屋の位置も記憶し、当初の目的はどこへやら、弘美は懐かしさにつられて駄菓子屋へむかって歩き始めたのだった。


「おー、いかにもってカンジよね」
 トタン板の看板に、開けっ放しの入り口。中には所狭しといろんなお菓子やら、おもちゃやらが、上から吊るされたり山積みされた、昭和の風情を漂わせたお店の前に、弘美は立っていた。

「いらっしゃい」
 奥から 椅子に座ったままのおばーちゃんが、弘美に声をかけてくる。
『うわー、これまたいかにもっていう様なおばーちゃん。うんうん、駄菓子屋ってやっぱりこうでなくっちゃね』
『きゃーきゃー、懐かしー。わー安い、今だにこの値段なんだぁ』
『あれもこれも買える。考えたら大人ってすごいよねぇ』
 何かあったときにと思って、持ってきていたお財布がこんなに役に立つ事になろうとは。
 弘美が1つ1つの商品を 思い出にひたりながら時間をかけてゆっくり見ていると、ほどなく一人、また二人と、いつのまにか、お店の中は子供と喧騒で一杯になっていった。


「おばちゃーん。クジ1回!」
「お!やった!レアカード!」
「コーイチー早く選べよ、公園でとばそーぜ」
 クジを引く子供たちや、薄いスチロールで作る飛行機を前に、真剣に悩む男の子たち。
 傍らでは、女の子二人が、リリアンの糸を一生懸命選んでいる。
「ねえねえ。洋子ちゃんは、ピンクと赤のと、どっちがいいと思う?」
「あたし黄緑。順ちゃんはピンクにしなよ。あまったら糸わけっこしよー」
「うわ。ハッカ!はずれー」
「あはははは…」
 店の中に流れるにぎやかな空気と笑顔。
 子供の居る場所、子供の世界がそこにあった。

 

『かわらないんだなぁ…』
 懐かしさから現実に戻りつつ、それでもしっかりとあれこれ買い込んで、弘美は駄菓子屋を後にした。
 歩きながら、紙袋からリリアンの糸を何種類か取り出すと、じっと見つめて立ち止まる。

 

『いっぱい買えるあたしと、ちょっぴりのお小遣いで悩んで選んで買ってる子供。一体どっちが幸せなんだろ?』
 ふと、そんなことを考えてしまった。

 

 手にした糸の中の黄色い糸を見つめながら、自分の小さい頃をもう一度思い出す。
「リョウ君、黄色好きだったんだよね…」
 小学校の時に、好きだった男の子が好きだった黄色。
 リョウ君がつけていたミサンガを真似して、黄色で作ろうと思ったけれど、みんなにばれるのが恥ずかしいから赤もまぜて、結局オレンジになっちゃったっけ…。
「お小遣いはたいたのになぁ」
 弘美はつぶやいた。


 しばらく黄色の糸を見つめていたが、糸を紙袋にしまいこむと、
「…ま、いっか。明日からまたダイエットがんばろー!」
 そう言って弘美は、もうすっかり高くなった日差しの中、駅へ続く道をゆっくりと歩きだした。

 

 今日ならきっと、黄色だけのミサンガが編めるに違いない。
 そんな気がした。

 

 

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