【ねこばなし】すみれの咲く頃に
また今年も春がやって来る頃になりました。
私の実家は「村」が地名に着くような場所で、実家一軒屋の裏手は山、目の前にはおじいちゃんが作った畑があるような場所です。
実家の裏手は土手になっていて、春になると毎年、すみれの花が咲きほこります。
私が中学三年生になったばかりのそんな季節、軒下に住みついた猫を見つけたのは母でした。
薄い茶トラ柄に綺麗な菫色の眼をした猫は、季節もあいまって、そのまま「すみれ」と名付けられました。
「生き物なんて面倒だ」という父を捻じ伏せ、軽トラを出動させると街のホームセンターへでキャットフードを買ってくる母。
縁側の真ん中には沓脱石があり、その横はすみれさん専用のレストランになりました。
古い家の広い縁側に座布団を置いておけば、そこで昼寝をするすみれさん。
縁側にいる時には、私にも触らせてくれるものの、軒下から住まいを移すつもりはないようで、家の中まで入ってくることはありませんでした。
夏には、お土産で生きたままのセミを口にくわえて帰り、私を驚かせるすみれさん。
秋風が吹く頃には、また縁側でひなたぼっこをし、母の茶飲み相手をするすみれさん。
冬に使い古しの毛布を投げ入れておけば、軒下の窪み棲家にしっかり咥えて持って行ってたすみれさん。
餌をあげていたせいもあるでしょうが、懐くという意味では、母に一番懐いており、可愛がっていたのも母でした。
翌年、私が高校へ入学した春、すみれさんのお腹が大きくなっている事に気付いたのも母です。
相変わらずの軒下生活に、母は何とか家に入れようとしたのですが、父が反対しました。
無理に人間が手を出すと生まれた子猫を噛み殺してしまう。と言う父の言葉に渋々従う母。
母は、すみれさんとのコミュニケーションを減らされ少し不満そうでしたが、しばらくすると軒下からは小さな鳴き声が聞こえてくる様になり、新緑が芽吹く頃には、かわいい子猫五匹と一緒にレストランへ姿をみせるようになりました。
当然喜んだのも母でしたが、夏を過ぎた頃から成長した子猫の数は減ってゆき、冬を迎える前には、全員軒下から巣立っていった様子です 。
自由気ままに生きていたすみれさん。
すみれさんはその翌年、名前でもある花が咲こうかという少し前に、ふっと軒下から姿を消しました。
母はそう大きくない村の人に尋ねて周りましたが、それらしき猫は結局見付からなかったそうです。
父は、元々そういう生き物だから放っておけと言うだけでした。
今思えば、父が一番すみれさんの事を分かっていたのかもしれません。
「今でもたくましく生きているのかな?」
ヒュウという音と共に、まだ少し冷たい風が吹き抜け、今では大学生になった私の髪を舞い上げます。
その風は、都会でも根強く咲いている小さな花を見つけた私を、現実へと引き戻しました。
今年も春がやって来ようとしています。私のささやかな思い出と共に。