あをぎりの小さなおはなし

つれづれなるままにその日暮らし…

【きつねばなし】今年の春も

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 これは、俺がキツネのコンと出会った、日本の割と北のほうのお話。

 俺は、愛車のバイクにまたがり、隣町にある会社から仕事を終えての帰宅途中だった。
 会社は一つ山向こうにあり、通勤には一日に車が十台も走らないような、山道を利用している。
 舗装された別の道路もあるが、自然の中を走るのも好きで、遠回りに信号が嫌いな俺は、もっぱらこちらを利用していた。
 砂利でかろうじて舗装されている道は、普通のバイクで走る分にはこの上なく走りにくいが、俺の愛車はオフロードバイクだったので、それもあまり苦にはならなかった。

 

 季節は秋も深まった初冬の頃。
 空はそろそろ星が見えようかという時間帯、いつものように山道を走っている途中だった。
 山道も中ほどに差し掛かった頃、いつもの景色に異変があった。
 ライトに照らされた道路の向こうに、うす黄色い塊が見え、気が付いた瞬間、林の草むらの中へ飛び込んでいったのだ。

「キツネかテンかな?」

 だが、それにしては、子犬サイズで割りと小さかった様な気がする。
 塊がいた場所でバイクを止めてみると、地面には車に踏み潰され、半分砂利道と一体化した柿の実が落ちていた。
「これを食ってたのか」
 この辺は田舎だし、ましてやここは外灯一つない山のど真ん中。
俺自身もキツネやらタヌキやらテンやらは、小さいころから見たことは度々あったし、この道路で野生動物に遭遇したのも一度や二度ではない。
 正体を確かめようと、二十メートルほど先へ進み、振り返ってしばらく見ていると、子ギツネが草むらの中から、様子を窺いながら出てきた。
 痩せた薄汚い子犬のようで、母ギツネの姿は見えない。
 どうやら母キツネが事故にあったかはぐれてしまったのか…そんな感じだった。
 子ギツネは、警戒しながらも二、三度こちらを見たが、俺が近寄らないとわかったのか、また砂利道から柿を一生懸命かじりとっていた。

 俺はしばらく黙ってその光景を見ていたのだが、ふと、背中のバックパックが気になった。
 その中には、仕事場近くのコンビニで買っていた晩メシ用のおでんが入っていて、現在も背中はほのかに暖かい。
 俺の家は、独立したから一人暮らし用のアパート。この山を超えた向こうにある。
 更にバイクで5分も走れば、別のコンビニもある。
 そんな稚拙な三段論法が頭の中をよぎった時、俺の心は決まった。
 こうして俺とコンが出会った一日目は終わったのだった。


 翌日の朝、俺はいつもの様にバイクにまたがり出勤した。
 晴れた早朝の山道をいつもの様に通り、昨日の場所でバイクを止めた。
 見ると、道端に置いておいた容器からおでんはキレイに消えており、スチロール製の容器にはかじった痕までついていた。
 辺りを見回してみたが、動物の気配などはなく、冷たく澄んだ空気の山中に早い朝の鳥のさえずりだけが聞こえている。
 俺は、バックパックからゴミ袋を取り出すと、歯型のついた容器を入れ、袋をパックに詰め込み仕事へ向かった。

 

 その日はなんとなく。いや、今思えばかなり上機嫌で仕事をしていたような気がする。
 仕事をうかれ気分で済ませると、帰りはまたいつもの様にコンビニへ寄った。
晩飯を物色しつつ、あれならあれで風呂上りの一杯のつまみにでもすればいいやと、小さなちくわが4本入ったパックをカゴに入れてレジへ並んだ。

 

 帰宅途中で山道に入った俺は、また同じ場所でバイクを止めると、バイクのエンジンを切り、辺りを見回してみた。
 つぶれた柿があった場所は、実の部分はほとんどかじり取られていて、既に白っぽい土埃に覆われている。
 予想はしていたが、子ギツネの姿はなく、そんなもんだよな。と俺は独りごちてみる。
 『あれならあれ』な状態になった訳ではあるが、それでもまあ…と、脇の草むら近くでちくわの袋をベリベリと袋を空けた。
 その時、少し離れた草むらがカサっと音を立てた。
 音のした方を見ると、草むらの向こうで小さな影の小さな目がこっちをじっと見ていた。

「やっぱりおまえか」

 昨日同様、近寄ってくることもなかったが、取り出したちくわを袋の上に乗せ道端に置いてから、俺は半分安心、半分満足して帰った。
 そうして俺の中でこの子ギツネはコンになった。
 コンの名前は、昔話のキツネの名前にしようかとも思ったが、あのお話は最期が縁起の悪い結末になっていたので、ちょっと変えてコンにした。
 これはこれで安直だとは思ったのだが、他にいい名前も思い浮かばなかったので仕方ない。
 それから数日、帰りがけのコンビニのカゴには、晩飯の他にチーズカマボコやら、骨つきからあげなどの余計な一品が毎日入る事になった。


 そんな数日が経った頃、昼休みに会社の事務所パソコンで野生動物の保護などについて調べてみた。
 どうやらキツネは、いわゆる特定動物ではなく、特別な許可なく飼育は出来るらしい。
 だが、当然の事ながら病気の問題や防疫、それにアパートでの動物飼育は不可だったので問題はありまくる。
 飼育環境を整えたとしても、保護したり飼ったりする事はどうやら自分には無理の様だと思い知らされた。
 悩みながら昼休みを過ぎてもパソコン見てた工場長に、早く作業場に行けと怒られたが、そんな事は気にならなかった。


 だが、コンとの別れは、突然何の前触れもなくやってきた。

 ライトに照らされ、砂利道の真ん中で体を横たえたコンの姿が、全てを物語っていた。見つけた時は嘘だと思った。違う動物(もの)だと思いたかった。

 

 それまで一度も触れた事の無かったコンの身体。
 初めて抱き上げたコンは、バイクのグローブ越しでも、冷たくて小さくて…そして軽かった。
 口に出して初めて、「コン」と呼んでみる。
 もう暗くなった山の中では、冷たい風しか応えてくれるものはなかった。

 俺は脱いだ上着の上にコンをそっと置くと、道の真ん中に立った。
 空を見上げると、空には星が瞬き始めている。
 なぜか古い古い歌が頭の中をよぎり、歌詞通り星は滲んでいった。


 俺は、コンを上着でくるむと、ジャンパーのチャックを下ろし懐へいれた。
 さっきはあんなに軽いと思ったはずなのに、ずしりと重かった。
 俺のバイクは猛スピードで山を超えると、アパートへは向かず、隣の山奥の方へ向かって走って行った。


 コンの亡骸は、俺の叔父の家に埋めてやった。
 俺の叔父は少々変わり物で、四十を過ぎても未だに独身で一軒屋に住み、そこで農業をしている。
 叔父の家はちょっとした山の麓にあり庭に大きな桜の木があった。
 親戚からは煙たがられていた叔父だったが、俺はこの叔父が好きで小さい頃は夏休みには泊りがけで昆虫採集などにも行っていた。
 コンをどこかに埋めてやろうと思った時、頭の中ではそこしか思いつかなかった。
 せめて自然のある穏やかな所。
 自分の住まいはアパートだったので当然そんな事の出来るはずもなかったのだが。


 叔父への挨拶もそこそこに納屋にあったシャベルを借りると、裏庭に生えていた桜の木のそばに向かった。
 唐突に訪問した叔父は何も言わなかったが、懐から取り出したコンをみて初めて口をひらいた。
「おまえそれ…」
「違う!!」
 俺は叫んでいた。
 近くに家が全くないのが幸いだったが、そんな事は関係なかった。
 それを聞いた叔父は、もう何も言う事もなく、持っていた懐中電灯を俺の傍に置くと家へ戻っていった。


 コンの埋葬を終え叔父の家に入ると、台所では鍋が煮えており、叔父はTVをみている所だった。
 何か言おうとしたのだが言葉は出てこない。
「いい大人が今にも泣きそうなぐしゃぐしゃな顔してんじゃない。風呂沸いているから入っていけ」
 叔父はそう言った。
 風呂から上がると、叔父は何も言わずに俺の分の晩メシの準備までしていた。
「今日は泊まっていくか?」
 鍋を前にした俺に、叔父はそう言いながら、ビールの缶を俺に差出した。


「おまえ小さい頃、うちにきて飼ってたカブトムシのお墓作ってやってたこともあったっけな」
 焼酎を飲みながら、自分はすっかり忘れていた事を叔父は話してくれた。
 他にも、気を遣ってくれたのか、いろいろ話してくれたりもしたが、あまり覚えてはいない。
 結局、酔いつぶれて眠ってしまった叔父にふとんをかけると、簡単にコタツの上を片付け、俺は用意されていた布団にもぐりこんでその日は眠った。

『この叔父なら、コンを飼ってくれてたかもしれない…な』

 自分も半分酔っぱらって無理やり眠ろうとする中、そんな考えがふと頭の中をよぎった。


 今でも、思い出などという言葉で片付けたくはないし、そうは思わない。
 やらぬ善よりやる偽善?
 今でもふと思う時がある。
 あの時、俺が餌なんか置いて帰らなければ。
 コンは自分自身の力でいまでも生きていたのだろうか。
 あの間、コンは少しでも幸せだったのだろうか。

 

 答えの出ない事を考えながら、冬の山道を今日も俺バイクで走っている。
 ひょっこりと、そこの草むらからコンがでてこないかなと思いながら。


 そんな俺でも、決めている事が一つだけある。春が来て桜が咲いたら、また叔父の所へ行くのだ。
 叔父の好きな焼酎と、コンへのから揚げを土産に持って。

 

 

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