【わんこばなし】仔犬を拾った?名前はまだない。
今朝、仔犬を拾った?名前はまだない。
土曜日の朝早く、俺はなぜか聞こえてきた犬の鳴き声で目が覚めた。
声のするほうへと、玄関を開けてみると、玄関前の洗濯機の横で、ダンボール箱に入った仔犬を見つけた。
ダンボールには『SAVE ME』の文字。
ご丁寧に配管にリードが結んであり、箱の中には仔犬用のペットフードやらなんやらも見える。
ちなみに俺の住んでるオンボロアパートは、この春にペット可になったばかりだ。
学生時代から住んでいるこのアパートは、昨今の不況?から、人集めのために大家がペット可にしてしまい、以前から住んでいた俺は、逆に家賃をちょっと下げてもらった経緯があったりもする。
このままほっとくのもアレなので、まずはリードを配管からはずし、ダンボールごと家の中へ非難する。
仔犬は、どう見てもシベリアンハスキーだった。
そんじょそこらのノラの捨て犬とは訳が違う。しかもここ2階だし…。
俺は思った。「コレ確信犯だろw」
いやいや。ネット民の様に草を生やしている場合ではない。
ダンボールの中を確認すると、ペットフードの他にも、ペットシーツや、おもちゃのボール。
なぜか猫じゃらしまであった。
犬は実家で飼っていたので、世話には慣れている。
何かあった時のためにペットシーツを広げ、あとは適当な小皿に、水とペットフードを入れておく。
どうやらお腹は空いていないようで、仔犬は少し水を舐めたあと、ボールを噛んで遊んでいた。
その様子を見ながら少し思案した俺は、まずは容疑者1へ電話をする事にした。
ちなみに容疑者2は、俺の両親だ。
両親の地元は北海道で『シベリアンハスキーを3頭飼っている』
が、ここは神奈川なので、まぁその可能性は低い。
容疑者1は、俺が犬好きなことも、昨年北海道旅行に一緒に行った際に、実家にも寄ったからその事も知り、「私、結婚したら、お家建てて犬(ハスキー)飼いたいな」と、のたまっていた人物だ。
発信ボタンを押して2・3コールの後、携帯電話からのんきな声が聞こえた。
「おはよー雅弘。こんな時間からどーしたの?」
直球で聞くのも何なので、俺はとりあえず変化球を投げてみることにする。
「おはよー。愛美さ。俺になんかした?」
「ん?何の事?今日は、いつも通りそっち行けばいいんだよね?」
俺は『あれ?』と思った。想像していた反応と違う。
仕方がないので直球を投げる。
「えーとさ。さっき、ウチの前にハスキーの仔犬が捨てられてたんだけど…」
「え?なんでなんで?」
その一言に、俺は思った。
『うん。クロ確定です』
愛美はウソのつけない性格で、大学時代を含めてかれこれ6年の付きあいだ。本人は気づいてないが、隠し事などがある場合、返事を2回繰り返してしまうクセがある。
さっきの変化球で引っかかってた場合は、「何?何?なんのこと?」って感じ。
さて、ほぼ犯人はとりあえず分かったのだが、理由を知らねばならない。
その後は、今日わんこいるから、デートダメになるかも。とかカマ誘導もかけてみたのだが、本人からの自白には至らず
「私も見たいし、絶対に行くね!」
と、半ば強引に話をまとめてしまい、電話を切ってしまった。
隠し事に悪い事があったコトは一度もなかったが、こういう時には強引に自分のペースで話を進めてしまう事も同時に俺は思い出した。
携帯片手に途方にくれていると、部屋の隅でボールをカジガジ噛んでいたチビ助と目があった。
さてはて、どうしたものか…。
仕方がないのでまずは洗面所で身支度を整え、カンタンに朝飯をすますと、まだチビ助はボールで遊んでいた。
「お前も大変な目にあったなー」
持ち上げてみると、他の犬に比べてハスキー特有の太めの足。小さい頃から親しんだ犬種だがやっぱりかわいい。
「あら?」
正面に持ち上げたチビ助を見ると、チビ助はチビ助でなくチビ子ちゃんだった。
「わふん」
少しびっくりしてた俺の顔を見て、チビ子が不思議そうな顔をして鳴いた。
ダンボールに入っていたねこじゃらしは、どうもチビ子のお気に入りアイテムのようで、それこそ仔猫のように飛びついては前足で押さえかじりまくる。
その様子を見ながらも俺は、ボーっと考え事をしていた。
愛美も、こんなサプライズではなく、普通に仔犬を持ってくればいいのに。とか
今日は別に、誕生日とか記念日とかも、別になかったよな。とか
飼うのは一応問題ないけど、散歩とか、俺仕事遅いときあるしどーしよー。とか
順番逆だけど、これはもしかしたら催促なのか?とか
要は、容疑者がどの様に言いつくろってくるのか、展開がまったく不明なのだが、こちらばかりがサプライズされるのも癪だったので、俺はチビ子じゃらしを一時中断すると机の引き出しから小箱取り出して、上着のポッケに入れておいた。
「わん!」
遊びを中断されたチビ子が、ねこじゃらしを前足でおさえつつ、もっと遊んでと目で訴えかけている。
「ふふふ…俺様におねだりとはいい度胸だ。疲れ果てて動けなくなるまで遊んでやる!」
その後は、愛美がくるお昼前まで、チビ子と遊ぶ事になってしまった。
そうこうしているうちに、お昼のちょっと前、チャイムが鳴った。
土曜日のデートは、大体この時間に愛美が来る。
その後は、お昼作って一緒に食べて出かけるか、外食に出かけるかなのでこれはいつものパターン。
『さて、どう言いごまかすつもりだ?』
俺は玄関のドアを開けた。
しかし、玄関を開けてもそこに愛美はおらず、次の瞬間、予想外のものが家へ飛び込んできた。
「ぶっ!わっぷ・・・小鉄っ!マロン?…チョコ?」
3匹のハスキー犬に押し倒され、俺はもみくちゃにされた。
顔中舐めまわされていると、そこに尻尾を振りながらチビ子も参戦する。
すると、聞き覚えのある声とともに、玄関には容疑者2=両親が現われた!
「雅弘ー元気だったー?」
「雅弘。元気そうだな!」
よく見ると両親の後ろには、ちょっと申し訳なさそうな愛美の姿が。
なんと容疑者たちは…全員グルでした。
何度も言うが、ここは2Kのオンボロアパート。
愛美は「お昼作りますね」とキッチンへ行ってしまい、テーブルもある俺の部屋に、3人4匹はひたすら狭い。
小鉄、マロン夫婦は俺のベッドに上がり込み、チビ子はマロンにお乳のおねだり。
チビ子の兄に当たるチョコは、勝手にチビ子用のごはんを食べてた。
親父は親父で「いやー内地は暑いなぁー」とか言ってるし。
母親は母親で「愛美ちゃん相変わらずかわいいわよね」とか言ってるし。
俺は、半分怒って、半分あきれてようやく聞いた。
「で?どういう事なの?コレ?!」
話せば長くなるのだがかいつまんで話すと、今年の春、小鉄・マロンの間にチョコの弟妹が産まれた。
そして、去年の旅行以来いつの間にか、ウチの母親と愛美はメル友になっていた!!!
俺は、両方の事をまったく知らなかったのだが、仔犬が産まれた時に、愛美が写真みせてもらい
「きゃー。かわいい。1匹欲しいくらいです」(愛美は実家暮らし)
「あら。愛美ちゃんの所だったら喜んであげるわよ」(母)
「え?本当ですか?両親に聞いてみますね」(愛美)
(…以下略。メール原文ママ)
で、普段出来ない内地の観光もしたかったし。両親はわざわざワゴン車乗ってフェリーできたらしい。
(飛行機は、犬が手荷物扱いなる上、万が一があっても補償無しで絶対にイヤだったそうだ)
『SAVE ME』サプライズについては、昨日ペット可ホテルで母親が思いついたもので、愛美は知らなかったとの事。
当初の予定だと、愛美が俺を連れ出して、両親に会わせてサプライズ。って話だったそうで。
なるほど…それで最初の変化球にはひっかからなかった訳ね。
しかも、俺がチビ子回収するところは、「こっそり陰からみてたのよー」(母)とか。
もう、何て言うんですかね。怒る気力も失せて、肩の力ががっくり抜けました。
そして、ここで気付く俺。
「え?もしかして、今から愛美ん家いくの?」
「そうよー。当たり前じゃない」
お昼ごはんに愛美が作ったスパゲティーをもぐもぐしながら母親は言った。
愛美の実家は、ここから車で30分ほどの鎌倉の近く。
山間にある割と静かな住宅街で、俺も何度かお邪魔したことがある。
今日は4匹の犬とともに、拉致同然にワゴン車に載せられ、訪れることになった。
愛美の両親は、お互いの両親の初顔合わせというシチュエーションもあり、超歓迎ムードだった。
玄関先での挨拶合戦にはじまり、チビ子の紹介やら、俺両親の明日の観光予定やら、話は盛り上がり結局夕飯までご馳走になることに。
一方の俺は、嵌められた感一杯のうえに、最初の挨拶での
「いつもウチの馬鹿息子がお世話になってまして」(母)
の言葉で、終始不機嫌。
夕食の時には、
「あんた。そんなにムスっとしてちゃ愛美ちゃんに嫌われるわよ?」
って、原因はあなたなのですが。お母様…。
結局、チビ子は予定通り愛美の実家にそのまま残ることになった。
はしゃぎまくったせいか、帰る時には、座布団の上で仔犬らしくすやすやと寝ていた。
愛美は車をアパートにおいているので、俺たちと一緒に一度戻ることになり、親父たちは昨日泊まったホテルに今日も泊まるそうだ。
明日は、横浜あたりの観光を愛美と一緒に頼まれている。
「それじゃあな」
2人と3匹を見送ったあと、俺と一緒に部屋に戻った愛美はキッチンでコーヒーを淹れている。
しばらくすると、トレーにカップを載せた愛美が戻ってきた。
「あんな母親で。ごめんな」
俺は言った。
「ん?なんで?お義母さん面白いし、私大好きだよ」
両手でコーヒーカップを持ったまま、愛美が答える。
「そっか」
見渡してみると、昼間あれだけぎゅうぎゅうだった部屋がなんか広く感じた。
部屋の隅には、ペットシーツと小皿だけが残っている。
「アズキがいなくなって、やっぱり寂しい?」
俺の視線に気付いた愛美が、抱き付いて言ってきた。
チビ子は、愛美の母親から「アズキ」と命名されていた。
貰う事が決まった時から決めていたそうだ。
「寂しくないって言えばウソになるけど…」
俺は言った。
「ここで犬飼うのはまだちょっと早い気もするし、俺には、もっと手のかかるのがいるしね…」
「なによ?ソレどういうこと?」
それを聞いた愛美が、ふくれっ面で顔をあげる。
ガバッと顔を上げた愛美からは、ちょっとくすぐったいようないい香りがした。
「んー。こういう時にってのもアレなんだけど…」
俺はそう言うと、上着のポケットから、さっき思い出した小箱を、愛美のおでこに乗っけた。
愛美は、俺から離れて箱を開けると、中から出てきたリングケースを開く。
普段からもまん丸でおっきな目をしているが、今はひときわ大きな目で両手の中の指輪を見つめていた。
「んーと。まぁ、そういう事だ」
上手い言葉も見つからず、少し照れながら、俺は言った。
愛美は、俺の名前を呼びながら、もう一度飛びつくように抱き付いてきた。
何か、今日のお昼にも同じようなことがあったような気がする。
ぼんやりと幸せな気分で、俺は思った。
今日、俺は仔犬を拾った。名前は「アズキ」だった。
アズキと一緒に、大切なものも手に入れることが出来た。
そんな一日だった。
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