あをぎりの小さなおはなし

つれづれなるままにその日暮らし…

【ねこばなし】トラさんの思い出

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わたしが始めてトラさんに出逢ったのは、中学校にあがってからのことでした。
中学への通学路にある民家のブロック塀の上に、とても大きな茶色のトラ柄の猫が必ず決まった場所に座っているのです。
これが、いつもの登下校の風景になった頃、いつしかわたしの心の中でその猫はトラさんと名づけられました。

たぶんその家の飼い猫だろうとは思っていたのですが、毎日毎日、私の登校のときにも下校のときにも同じ場所に座っていて、日がな一日をそこで過ごしていたんだろうと思います。
ヘイの幅は20cmくらいしかないはずなのに、そっからはみださんばかりの大きな体をどでーんのっけて、冬の日でも夏の暑い日でも(さすがに夏場はおなじ塀の木陰部分へ移動していましたが)まるで牢名主のような風体で、いつもでーんとそこに鎮座してました。

学校の帰り道、たまに暇な時などに頭をなでてやると、気持ちよさそうになでさせてくれます、人見知りはしないようです。
気分のいい時には、ゴロゴロと喉も鳴らしてくれ、わたしを喜ばせました。

わたしが時々持っていった、おやつのにぼしなんかは、口元までもっていかないと食べないくらい横着なトラさんでしたが、それでも仲良くなってからは、登下校の時に、「トラさん」と声をかけると、1回だけしっぽを振って挨拶してくれるまでになったのです。
あの日まで、こんな時々のささやかな関わりが、私とトラさんの全てでした。

 

事件が起こったのは、ある秋の日のことでした。
その日は部活で少し遅く帰りが遅くなり、もう周りはかなり薄暗くなっていたのですが、いつもトラさんがいる辺りで弱々しい猫の声がきこえたのです。
(…にゃーん)
「トラ・・さん?」
見るといつもの塀の上にはトラさんの姿はありませんでした。
どこからだろうと、鳴き声のする方を見ると、道路の隅っこの外灯の影からトラさんらしき猫がとぼとぼ歩いてきたのです。
(にゃーん)
「どうしたの?こんなところにいるなんて・・・」
薄暗い道を歩いてくるトラさんには、何かいつもとは違う違和感がありました。
ようやく近づいてきたトラさんを良く見ると、頭から左目の上あたりにはべっとりと血がついていて、目は閉じられたままです。
「え?トラさん血が出てる!」
あわてて触ろうとすると、痛いのか触られたくないのか、顔をぷいっと横にそむけて私から少し距離を取ります。
そのまま、後ろ足をひょこひょこさせながら4・5歩ほど歩くと、私のほうを振り返りました。
「どうしたの!なにがあったの?」
(にゃーん)
トラさんは、もう一度そう鳴くと、ついてこいと言うかのように歩き出しました。
わたしはなぜか促されるまま、トラさんの後をついて行きました。

 

トラさんに連れてこられたのは、近くにあった工場の、さらに横にある資材置き場でした。
その奥の入り組んだ廃タイヤの山の陰に、白と黒のブチ猫が、4匹の仔猫をお腹あたりに抱いてぐったりとしていました。
胸のあたりが上下しているので、かろうじて生きているのは分かりましたが、こちらもトラさんと同様に、薄暗明かりでも分かるくらい血だらけで、わたしには何が何だかわからなくなっていました。
トラさんはブチ猫のとなりに座り込んで、傷を治すかのようにブチ猫の体をなめてやっていました。


その光景をみた私は、近寄る事も出来ず数分立ち尽くした後、家に走って帰りました。
「トラさん。ちょっと待ってて!」
そういい残して。
そこから先はよく覚えてはいないのですが、帰るなり洗面所に駆け込み、バスタオルを4・5枚ひっつかむと冷蔵庫を開け、目に付いたソーセージと牛乳を取り出し、呆然としながらも何か言おうとしている母を振り切って外へ飛び出していったそうです。
その後のことも、あまりよく覚えていません。
覚えている限りでは、母猫のまわりにタオルを敷き詰め、仔猫たちの下にも敷いてやりました。
小皿も何もなかったので、牛乳を指につけて母猫やトラさんの口元へもっていってみましたが、弱りきっているのか舐めてもくれません。
その間中もトラさんは、もう真っ赤になった舌で、それでも構わずずっとブチ猫を舐め続けていたと思います。
私は、中身がこぼれるのもかまわずに、泣きながら牛乳パックを手でちぎって底の部分だけにし、器状にになったパックのミルクにソーセージを潰して入れて、母猫とトラさんの口元へ持っていきました。
トラさんもその頃には、母猫に覆いかぶさるように横たわり、ほとんど動かなくなっていました。
「ね。ミルクだよ。お願いだよ。飲んでよ…」
たぶん、私はそんなことを言ってたと思います。
何度かそうしたあと、日が落ち辺りは真っ暗になろうとしていた闇の中、わたしは母猫の口元へ中身がこぼれないようにパックを置いたまま立ち去る事しか出来ませんでした。
目の前の光景をみつめ、もうこれ以上なにもしてあげられる事がないのだと思うと、自分の力のなさに涙があふれてとまりませんでした。

 

家に帰ると、父と母が怒った顔をして待ち構えていましたが、私の異常な様子に気付いたのか、おぼつかずも理由を話すと意外にも父は真剣に聞いてくれ、翌日は土曜日ということもあり、朝早くに一緒に見に行こうとまで言ってくれました。

ー翌朝。
日が昇ってすぐ、わたしは父と共に救急箱を抱え、あの資材置き場へ出かけました。
しかし、そこに有ったのは、もう動くこともなくなってしまったトラさんたちの姿だったのです。
その姿が目に入った時、父は「お前はこっちへ来るな。来ないほうがいい」と私を制止しました。
このあたりで、わたしの記憶は、またかなりあいまいになっています。
父は、泣き崩れる私の代わりに、トラさんたちを昨日のタオルケットで包み、近所の自然公園の森の一角に埋葬してくれました。
後から聞いた話ですが、近所ではノラ犬が度々目撃されていてその犬に襲われたのではないかということでした。
また、トラさんは埋葬前に父が聞きに行ったところ、あの塀の家の猫ではなく、まったくのノラ猫だったそうです。


なぜ、あの時トラさんはわたしを呼び止めたのでしょう?
今でもその答えはわかっていません。
食べ物もなにもかも拒絶したのはなぜなのか。
もう助からないとわかっていたのでしょうか。
だったら、なぜわたしを呼んだのか…?


今はようやく心も落ち着きました。
今年の春には中学も卒業です。
わたしは中学時代の思いでと共に、このほんの少だけ触れ合った友人の事を忘れないように、書きとめておこうと思ったのです。
(楽しかった思い出をありがとう。トラさん。
(今、小トラは、わたしのくつ下をかじってひっぱるくらい元気です。
(トラさんに色も模様もそっくりの、たった一匹残っていた仔猫です。
(あなたに出来なかったことは、この子に全部してあげようと思うから。
(だから、奥さんや他の仔猫と一緒に安らかに眠ってね。
(そしていつかまた…会おうね。

と。

わたしとトラさんの思い出は、以上になります。
いつか、小トラの事なんかも書き留める日がくるのかもしれません。
それが、そうするつもりである幸せな日々の記録であって欲しいな…なんて、ほんの少し思いました。
それでは、思い出や出来事を語りたくなるその時まで。

 

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