【おはなし】月曜の朝
気が付くと、どこまでも真っ白な平原が目の前に広がっていた。
そして、そこにはマルがいた。
かつてそうだったように僕の前でキチンとお座りをしてじっと僕を見て尻尾を振っている。
マルは真っ白なマルチーズ。僕が子供の頃、家に来た子犬に名前をつけたんだ。
マルチーズの子犬だから『マル』と。
名前をつけたとき、僕は小さな手で小さな命を抱きしめた。
「マル…」
消えてしまわないかとおそるおそる名前を呼んでみる。
マルの尻尾の振りが大きくなる。
マルは無駄に吠えたりする子ではなかった。
こうしてお座りをしていて、僕が『遊びにいく?』とか『散歩に行く?』というと「わん」と一度だけ鳴く。
見つめるマルにもう一度声をかける。
「…マル遊びにいこっか?」
「わん!」
マルが嬉しげに一度鳴くと、いつしかそこは原っぱになっていた。
マルといつも一緒に遊んだ原っぱ。
僕の手にはマルが一番大好きだったオモチャの軟式のテニスボールがあった。
目の前には相変わらず、早く投げてと目と尻尾でせがむマルがいた。
僕はボールを投げる。
地面を転がすように投げると、追いかけて、ボールを押さえ込むように飛びつくマル。
少し高く投げると、飛び跳ねるようにおいかけて、ボールに飛びつくマル。
あの時のまま、あの時の様に何度でもボールを投げると、マルは咥えて戻ってきては、僕の目の前にボールを置き、また投げてと目で訴えて来た。
僕とマルは原っぱでいつまでも遊んだ。
幼かったあの頃の様に。ずっと。
ふと気が付くと、僕の部屋に僕とマルはいた。
僕とマルはいつも一緒だったし、寝る時も一緒だった。
小さな僕は自分の部屋でパジャマを着ていた。お気に入りの青いパジャマ。
僕はベッドにもぐりこむと、左手で布団の端っこをめくってマルに言う。
「マル。おいで」
マルはぴょこんとベッドに飛び乗って布団に入りくるんと体を丸めると僕の右腕にあごをのっける。
マルの枕は僕の右腕だった。
ぷふー。ぷふー。と、聴こえてくるマルの寝息は僕の子守唄でもあった。
そっと頭をなでるともう寝ている。
マルはとても寝つきのいい犬だった。
『おやすみ。マル』
声に出して言ってみる。
思わず笑みがこぼれた。そして理由もなく涙も。
僕は自分の枕を引き寄せて向かい合ったマルの寝顔を眺めていたが、次第に意識は眠りの中へ落ちていった。
(ピピピピピピ!!!)
携帯のアラームがいつもの様に音を立てて。現実の世界へと僕を引き戻す。
僕は、起き上がってアラームを止めると辺りを見回した。
昨晩と、時計の時刻以外は何も変わっていないワンルームマンションの部屋がそこにはあった。
テレビを付けるとスーツへ着替え身支度を整える。
洗面所から戻ってオレンジジュースをコップに注いでいた時、テレビは今日の運勢コーナーになろうとしていた。
いつもは自分の運勢をチェックしてから出勤する合図になってるコーナーだが、僕はリモコンを手に取るとテレビのスイッチを切った。
シンクに空のコップを置くと、玄関へ行き革靴を履く。
ノブに手をかけ玄関を開けると、僕は一度振り向いて玄関先を見つめた。
「いってきます」
自然にそんな言葉が口をついで出た。
そこにお座りをして尻尾を振って僕を見つめている。そんなマルの姿が見えた様な気がした。
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