あをぎりの小さなおはなし

つれづれなるままにその日暮らし…

【わんこばなし】タロウのこと

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 私が物心ついた時、犬のタロウは既に我が家の一員でした。
 電気工事を仕事にしていた父が、工事現場にたった一匹でウロついていた仔犬を保護して帰ったのが始まりです。


 本当は人に譲るつもりだったのが、結局情がうつってしまい、番犬として飼うことになったとか。
 タロウは雑種でしたが、ぱっと見は柴犬で、うす茶色の毛にくっきりと白い眉毛。
 前の両足にはこれまた真っ白なくつ下をはいているような毛を持った、なかなか可愛げのある犬でした。

 

 父は学のない現場労働者でしたが、動物は人一倍好きらしく、早朝の散歩からエサの世話まで、タロウをよく可愛がっていました。
 タロウにもそれがよく分かっていたようで、父が家の近くまで帰ってくると、誰よりもはやく察知して尻尾を振り、吠えていました。
「あら、お父さん帰って来たのね」
 タロウの嬉しそうな鳴き声に、母が良く言ってたものです。
 ある時など、父がたまたま車で送られて帰ってきたのですが、その時ですら車を降りる前の父を見つけた程でした。
 父もそんなタロウを見て、うれしそうに頭を撫でていたのをよく覚えています。

 

 父が仕事で遅くなる時のタロウの散歩は、私の仕事でした。
 ほとんど毎日そうだったので、小学校から帰ってきてランドセルを机に置くと、まずタロウと散歩に行きます。
 学校の友達とも、タロウとも遊ぶ口実にもなっていて、タロウは私にとっても弟のような存在でした。

 

 そんなある日、私は父からタロウのことでこっぴどく叱られたことがあります。
 夕食後に残った、から揚げの骨をタロウにやっていると、フロ上がりの父が庭まで血相を変えて走り出て、私の手をはたきました。
 私は知らなかったのですが、鳥の骨は鋭く割れるので内臓を傷つけてしまうことがあり、犬が食べるのはよくないのだそうです。
「犬は、信頼している人間から与えられたものは、疑わずに食べてしまう。場合によっては、間違って殺してしまうこともある」
 あっけにとられていた私に、父は教えてくれました。

 毎日はそんな事もありながら繰り返され、当時幼なかった私は想像もしていませんでした。
 タロウは、私が中学生になるよりも早くに、病死してしまったのです。

 

 私が小学校5年生の時、タロウの様子がおかしくなり、連れていった先の病院で、手遅れのフィラリアと診断されました。
 父はきちんと受けさせていたはずの予防接種が、狂犬病予防というの人の為のものであり、犬の為でないことを知り、余計にショックを受けていたようでした。
 それからのタロウは日に日に衰弱していき、毛布に包まれた父の腕の中で静かに息を引き取ったそうです。

 

 その日、学校から帰ると、父は家の縁側で背を向けて座り、何かをひざに抱きかかえたまま小刻みに震えていました。
 それは、私が初めて見る父の後ろ姿でした。
 私は何も言えずに、台所へ行って、そこにいた母にしがみつき、聞きました。
「おかあさん。…タロウ。死んじゃったの?」

 それ以来、我が家では、父の「もう二度と動物は飼わん」の一言で、動物飼いはご法度になりました。
 そうして月日が経ち、今では頭も真っ白になった父は、昨年仕事を定年退職し、母と一緒にヒマをもて余しています。

 


 公園でたくさんの仔犬を眺めながら、タロウの事を思い出していると、娘の沙織が私の袖を引っ張りました。
「ねえねえ、お父さん。さーちゃん。この子にする」
 もうすぐ4歳の娘は、自分の背丈の半分ほどもある仔犬を抱きかかえて言いました。
 公園で開かれていたのは、地区のボランティアによる里親探しイベント。
 さすがの父も、年のせいか、孫には勝てなかったのか
「まぁ沙織が見にいきたいのならな」
という事で、私と沙織が『見にいくこと』には反対しませんでした。
 もっとも沙織は犬を飼う気満々で、公園に着くなり、あっちの仔犬、こっちの仔犬と抱きまわして一緒に遊んではいたのですが。
『親父もこうなると分かっていただろうに』…と、思わず苦笑いが出ます。


「男の子か。さー(沙織)、名前はどうするの?」
「うーん」
 少し悩んで、沙織が言います。
「男の子だから、お父さん考えて」
 沙織の抱えた仔犬は、薄い茶色で太い足、くりくりとした真っ黒な目に、おなじく黒い耳が垂れさがった、とてもかわいい仔犬でした。
『似てはいないけどな…』と思いつつ
「じゃあ、タロウにしようか?」
 そう言ってみると
「ええー。もっと、マイケルとかミッキーとかかわいい名前のほうがいい!」
と、やはり幼児らしい、かわいい文句が帰ってきます。

「じゃあ、やっぱり、さーが考えなきゃね」
 そう言われてしまった当の娘様は、抱えた仔犬を見つめ、しばらく悩んだ末にこう言いました。
「んー。やっぱりタロウもかわいいし、タロウでいい」
「そっか」
 私は、右手でタロウの、左手で沙織の頭をなでてやりながら『親父の攻略法は沙織を使うしかないかな?』などと再び苦笑しながら考えていました。


 タロウの入った箱を抱え、沙織と手をつないでの帰り道、沙織が言いました。

「ねえ、お父さん」
「うん?」

「おじいちゃん、何て言うかなぁ?」
「そうだなぁ。この子の名前、タロウにしたって、さーから言ってごらん。おじいちゃん、きっと喜んでくれるよ」

「うん。…でも、何でさーちゃんが言ったらおじいちゃん喜んでくれるの?」
「さぁ。それは何ででしょー?」

 

 少しいじわるそうに言ってしまったせいか、ずっと「なんで?」攻撃を受けることになった帰り道。
 日の傾いた午後の日差しの影は、2人と1匹分、少し長く伸びて家への帰り道を示してくれているようでした。

 

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