あをぎりの小さなおはなし

つれづれなるままにその日暮らし…

【おさんぽ】てんとう虫の記憶

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それは、あるオフィス街の昼下がりでの出来事。
「おまえなんかクビだ!」
「あぁ、わかったよ!こんなしみったれた会社二度とくるもんか!」
売り言葉に買い言葉。そう言って3年勤めていた会社を飛び出したのは、つい昨日の事だ。
今日からは、晴れて無職(と思う)。

朝起きてみて、清々した気持ちが半分と後悔している気持ちが半分。
何年かぶりの遅い朝食をとったあと、する事もなく家をとりあえず出てはみたものの、当然何をするあてもない。
仕方なく、その辺でも散歩することにしたのだった。

ご近所、と言っても、日中真昼間に街中を散歩するのも何なので、人の目を気にしつつ、住宅街は離れてみる。
近くの小学校の辺りまで来たときに、舗装もされていない、いかにも裏道というような、一人二人分しか幅のない細い道を見つけた。
人目につく道でもないし、これ幸いと、少しばかりの冒険心を燃やし、足を踏み入れることにしたのだった。
 
舗装されていない土の地面。道端には、カヤやらススキやらタンポポやらクローバーなどが、好き勝手に生え放題。
今はタンポポが勢力を伸ばしているらしく、黄色い花があちらこちらに咲いているが、ところどころで紫色のピーピー豆の花も咲いてた。
このピーピー豆、正式名称はカラスノエンドウというらしいのだが、地方によって俗名が違うらしい。
花が咲き終わったあとに出来る、小さなえんどう豆の形をした実を加工すると、口の中に入れて笛のように鳴らす事ができるのだ。
小さい頃は、よく学校の帰り道、よく太った実を捜しては、鳴らして帰ったものだ。
正式名称は大人になって仕入れた知識にすぎない。
自分にとっては、ピーピー豆で十分なのだが、この地方では、いったい何と呼ばれているのだろう。
そんなことを考えながら散歩はつづいた。

「-そういえば、こんな風にゆっくり道端のものを見て歩くなんていつ以来だろう」
移動はいっつも、車か電車。歩くことはあっても、行く場所は決まっていて決まった時間までにそこへ行くだけ。周りも見ることなんてほとんどなかった。
少しだけの開放感。街中の喧騒もここにはない。聞こえる音は、草木の葉ずれの音と、時折小学校から聞こえてくるチャイムの音だけ。
道端の草花を観賞しつつ歩いていると、小さな公園のようなところへたどり着いた。
地面には、ロープが張られていて、小さなベンチが2つ。きっと、近所のじいさま達が、日曜日にはゲートボールでもしているのだろう。
さすがに、少し歩き疲れたのもあって、今は誰もいないベンチで一休みすることにした。

遠くから、小学校のチャイムの音が聞こえる。もうお昼も過ぎただろうか。
「みんな何してんだろーなー」
ふと、会社のことが気になる。
後悔も…もちろんしている。

ベンチに座ったままぼんやりしていると、一匹のてんとう虫が飛んできた。

「おかあさん。おかあさん。てんとう虫、つかまえた」
小さい頃の記憶が蘇る。

小さい頃は、てんとう虫が大好きだった。
「まぁ、すごいわね」
「お家で飼える?」
「飼えないこともないけれど、かわいそうだから逃がしてあげましょう。…ほら、こうして…」
母が手を添えてくれて、開いた小さな手のひら。
てんとう虫は、必ず一番高い指のてっぺんまでよじ登ってゆき、指先で羽を開いて飛び立ってゆくのだ。
それが、好きだった。
ふと、目の前にとまったてんとう虫を捕まえてみる。
ゆっくりと手をひらくと、てんとう虫は、今は大きくなってしまったその手から、やはり指先へと登ってゆき、小さな頃見たままに、羽を開いて飛んでいった。

飛んでいったてんとう虫をしばらく眺めていると、後ろのほうで人の声がした。
振り向くと、下校中の小学生が数人。
手には、折り取ったセイタカアワダチソウ。話しながら、遊びながら、楽しそうに帰っていた。
夏にはきっと、虫取りアミを握り締め、毎日が大冒険で過ごすのだろう。
「自分も ああだったよな…」
ちっちゃい頃の自分を また思い出す。
でも、今の自分は …どうなのだろう?
大人になって、いろんなことを忘れてしまっていた。
あたりまえだった日常が、だんだん色を変え、何かを忘れて、今はこんなアリサマ…。
中学校に入ったときも、高校・大学に入ったときも、新しいコトに目をむけて
真っ直ぐ前に進むだけだった。
悩むこともあったけど、それはそれで毎日があっという間に過ぎていったものだ。
会社に入ったときも…。

小学生が行ってしまった後も、ずっと考え込んでいたが、ふと気が付くと、日は既に西の空へかなり傾きかけていた。
「そろそろ帰らなきゃな」
自分の言った言葉にどきっとする。
帰り…道か。そっか、帰れるんだな。

しばらく自分の言葉を反芻していたが、すっと立ち上がると大きく伸びをして、一言だけ残して公園を後にすることにした。

「どうやって、あやまればいっかなー」

この道。車の通れない、子供だけの道。
宝物のようなこの道を、もう一度眺めながらボクはゆっくりと歩き出した。 

 

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