【わんこばなし】おじいちゃんとヨーコと私(おまけでとしぞう):その2
【はじめから】おじいちゃんとヨーコと私(おまけでとしぞう):その1
面接から2日後の土曜日、私は自宅アパートの近所にある、一軒屋のお宅を訪ねました。
私がアパートを借りていた地区は、駅からは遠いものの、学生用のアパートやマンション、コンビニばかりが目立つ地区だったので、ご近所の路地裏に、こんな古くて(失礼ながら)大きなお宅があるのは正直驚きでした。
約束の時間であることを確かめると、これまた(未だにあるのかと思ったほど)古くさいピンポンのボタンを押してみます。
「すみませーん」
しばらくするとガラガラと引き戸を開け、とっても人のよさそうなおじいちゃんが顔を出しました。
奥に見える玄関マットの上では、1匹のゴールデンレトリバーが、尻尾をふってこちらを見ています。
「ああ、おんさい。先生から聞いていますよ。さ、あがってください」
笑顔でおじいちゃんは言いました。
これが、総司おじいちゃんとヨーコとの初めての出会いでした。
あの面接の日、不採用が美事に決まったあと、先生から頂いたお話は次のようなものでした。
私のアパート近所に、病院で長年お世話をさせてもらってる犬がいる。
飼い主はおじいさんなのだが、長年連れ添った奥様を去年亡くされ、今は一人暮らし。
奥様を亡くされたショックや、お年のせいもあり、犬の散歩が体力的につらくなってきている。
家族である犬を手放す気はないことや、今ではおじいさんの心の支えにもなっていることから、以前から相談を受けてた。
その事から先生は、散歩代行のバイトを提案したことがある。…と。
「まだ決まっていなくて、いくらになるかもわかりませんが、やる気があるのでしたら、ご紹介しますよ?」
その言葉を聞いて、一もニもなく即答でお願いした私に、先生は笑いながら、
「それでは、ちょっと聞いてみましょうね」
と、その場でお電話をはじめました。
結果、まだバイトは誰にも頼まれてなかったので、学校の都合とかもあり、次の土曜日にまずはお伺いすることになったのです。
通されたお部屋は、十畳以上もある和室で、おっきなテーブルに高そうな座布団がおいてあります。
「お茶をいれてくるので、ちょっとお待ちくださいね」
「あ、はい。どうぞお構いなく」
数日前にも同じようなことがあったなぁと思いつつ、ふかふかの座布団に正座をして待っていると、お盆をかかえたおじいちゃんと、犬がもどってきます。
お茶のお礼を言ってから、使いまわし(失礼だったと反省しています)の履歴書の封筒をかばんから取り出し、向かいに座ったおじいちゃんに、ご挨拶とあわせ手渡しました。
「これはこれは、ご丁寧にどうも」
そのお言葉に、罪悪感にかられる私。
『必要でしょうから』と返してもらった履歴書でしたが「使いまわしでごめんなさい」と心の中で謝りました。
その後、あらためて総司おじいちゃんのお名前と、犬のヨーコの紹介を頂きました。
おじいちゃんの隣に行儀よく座ったヨーコは、なんだろう?と言うような表情でおじいちゃんと履歴書を眺めています。
大きさは成犬サイズで(後から聞いたら4歳でした)どっから見てもゴールデンレトリバー。
誰が見てもゴールデンレトリバー。な、かわいい女の子で、つぶらな瞳と垂れた耳がとてもチャーミングでした。
私の視線にきづいたのか、ヨーコはとたとたとテーブルを回って私の横へ座ります。
しっぽブンブンです。かわいいです。
頭をなでようと手をだしたら、ぺろぺろと舐められました。
『あはは、くすぐったい』と・・・思った次の瞬間。
ヨーコは私に突然襲いかかってきました。
(話の上では、ここで「つづく」にしたかったな(笑)
「ちょ・・ちょっと待って」
嬉し笑顔で抵抗するも、ヨーコはしっぽブンブンで襲い掛かり、押し倒された私の顔中(おクチまわり)舐めまくります。
初対面で、こんなにラブコールをしかも同姓から受けようとは…。
普段からお化粧をしないズボラな自分に感謝しつつ、もしかしてと、今日付けていたベリーの香りのリップクリームのことが頭をよぎりました。
ひとしきり満足したのか、頭をなでなでしてやって、ようやく収まったヨーコと私をみて、おじいさんは笑顔で言いました。
「学校は…、楽しいですか?」
結局のところ、私は晴れて人生初のアルバイトをすることになりました。
こちらもなぜか、ほとんど世間話しかしていなかった気がするのですが、気が付いたら。
「では、あさってからお願いします」
と、総司おじいちゃんに言われてました。
後から聞いたら、ヨーコのラブコールでもう決めちゃってたそうです。
ヨーコのお散歩は、私の割り当てが週4日で朝6:00から。
月・水・金と土曜or日曜日、雨の日と学校の都合がある日は、お休みにするか次の日に。
長期のお休みは、事前に言ってもらえばオーケー。
コースはご近所のルート+公園1周と公園でのしばしの休憩で大体30~40分コース。
そしてバイト料は、計算がめんどうだからと1ヶ月固定で○万○千円。…(え?)
「そそそ、そんなに頂けません」
単純計算でも、この辺のバイト代相場の1.5倍になる金額を固辞すると
「いいんですよ。それよりも、ヨーコをお願いしますね」
と押し切られてしまいました。
帰るときには、玄関先までしっぽブンブンのヨーコと一緒にお見送り。
「あと、これを」ってお家の合い鍵を渡されました。
「ええ?!いいですよ」
と同じく固辞しようとしたのですが。
「いいんですよ。いつでも遊びにきてください」
って、またまた押し切られてしまいました。
泣く子の他にも、優しいおじいちゃんと犬には、これからも一生私は敵わないんだろうな…。
そう思いました。
それからの1年と数ヶ月の出来事は、私の中で楽しくもあり、思い出すと切なく悲しくもなる一生の思い出になったのです。
【その3へつづく】
【はじめから】おじいちゃんとヨーコと私(おまけでとしぞう):その1