あをぎりの小さなおはなし

つれづれなるままにその日暮らし…

【わんこばなし】マリちゃんの一番大好きな場所

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 マリちゃんは、私たちがよく行くドッグランで見かけるコーギー犬です。


 我が家のトイプードル愛犬チャムとも仲良しで、尻尾がないかわりにお尻がふりふりする、とてもかわいい女の子。
 飼い主である葉山さんは、五十代後半くらいの元気なおば様で、週末のドッグランでよく一緒になるうちに仲良くなりました。

 

 私はある土曜日、旦那と娘を留守番に置いて、近所のホームセンターへ買い物に行ったのですが、自転車置き場の柵に繋いだままにされているマリちゃんを発見しました。

「あら?マリちゃん?」
 近くへ行って見るとやっぱりマリちゃんです。
 おしりをふりふりしながら、こっちを見ています。
「おー、お利口さんだねぇ」
 その時の私は、飼い主の葉山さんのお買い物についてきているんだなと、軽く頭を撫でてあげたあと、そのままホームセンターへ入りました。
 買い物を済ませ、結構大量の荷物を抱えてお店を出たのですが、その時ふいに犬の吠える声が聞こえました。

 (わん!わんわん!!)

 マリちゃんです。

「あれ?結構時間経ってない?」
 私は思いました。腕時計を見ると、趣味のDIYでいろいろ物色しながらのお買い物は、すでに一時間以上経っていました。
 それに広いとはいえ、店内で葉山さんを見る事はなかったような?


 私は、マリちゃんの側に行って言いました。
「マリちゃん。葉山さんまだお買い物中なの?」
 おしりもふりふり、頭もなでなでさせてくれるものの、なんだかマリちゃんはソワソワしている様子です。
 それに普段吠えないマリちゃんが、時折吠えます。

「トイレに行きたいのかなぁ?」
 そうは思ったものの、勝手に連れ歩く事は出来ず、散歩やトイレといっても目の前に広がるのはホームセンターの駐車場。
 飼い主の葉山さんは、ドッグランでの雑談から回想するに、確か趣味は園芸のはず。
 私は、屋外にある園芸コーナーも見回してみたのですが、そこにも葉山さんを発見する事はできませんでした。
 しばらくマリちゃんと居たのですが、どうしても気になってしまったので、私は店員さんに声をかけることにしました。


 私は、店内にあるサービスカウンターに行くと、女性店員さんに言いました。
「すみません。連れが見当たらないので、呼び出しをしてもらって良いでしょうか?」

 カウンターの女性の声が館内スピーカーから流れます。
『お客様の葉山さま。葉山さま。ご友人の…』

 放送が流れ、しばらくしてサービスカウンターの前に現れたのは、葉山さんでなく別の店長さんらしき男性でした。
 急いで来たらしいその人は、息を整えながら、私に突然こう尋ねます。
「すみません。貴方が葉山さんのご友人ですか?」
「はい…?」
 予想外の展開に、私は?一杯の頭で、そう答えました。


 そのあと聞いた説明によれば、葉山さんは買い物中に急に気分を悪くし、救急車で運ばれていったそうです。
 やっぱり店長さんだったその人は、救急車の中で身元確認のため、救急隊員さんが調べた「葉山」さんの名前を見ていたとか。

「失礼ですが、どういったご関係でしょう?私も救急時に、放送で呼び出しをしてみたのですがその時には、いらっしゃらなかった様ですが? 」
 救急車で運ばれて行った事実を知って動揺しつつ、私は言いました。
「すみません。あの…。実は葉山さんの犬が表に繋がれたまま放置されてまして、その…。見つけて、気になって呼び出しをしてもらったんですが」
「そうなんですか。どうもお一人で来店されてたようです。ワンちゃんはそのままなんですよね?連絡先に心当たりはありませんか?」
 逆に質問されてしまい途方にくれる私。
 葉山さんとはドッグランで会う程度の顔見知りくらいで、住所や連絡先、フルネームは知らなかったのです。
 その事を告げると、店長さんは意気消沈していました。

 

「ドッグランに問い合わせをしてみれば、連絡先はわかるんじゃないですか?逆に土曜ですから開いてるでしょうし…」
 そう告げたカウンターの女性店員さんが、私には天使に見えました。


 急いでドッグランの事務所に電話をし、個人情報云々を言う事務員さんを説き伏せ、仕方なくドッグラン側から電話を入れてもらったのですが、
「留守番電話でした。お留守、もしくは一人暮らしのようですね」
との返答。かろうじて教えてもらえたのはフルネームだけ。

 マリちゃんごめんなさい。振り出しに戻ってしまいました。
 買い込んだ荷物と合わせ、別問題を抱えてしまった私は、とりあえず、店長さんに「すみませんちょっと荷物を置いてきます」と言ってから一旦車に荷物を放り込み、カウンターに戻りました。

 少し冷静になって、今度は119へ電話。
「119です。救急ですか消防ですか?」
 『どっちも違ーう!』と思いつつも、状況と搬送先の病院を訪ねた所、「ここは部署的に違うから所轄の消防署で聞い下さい」との返答。
 確かに緊急用だろうからそうなんでしょうが、どうなってる日本!と苛立ちつつ教えてもらった消防署へ電話すると、ようやく病院だけは分かりました。

 今度は病院へ急いで電話です。こうしている間にも葉山さんもマリちゃんも気がかりでなりません。

 説明が面倒だったので「友人ですが…」と応えたら、なぜか病院はウェルカムモードで対応。どうも、葉山さんは一人暮らしだった様で、病院側も連絡先などをどうするか困ってたそうです。
 逆に質問攻めに合いこちらが困ってしまう事態になってしまいました。
 詳細を尋ねると、今は容態も安定しており、各種検査中という事だったので、「後で伺います」と一旦電話を切ったのですが、問題が残りました。

「マリちゃん。どうしよう?」

 店長さんと相談の上、先の経験を生かし、110番ではなく所轄の警察署に電話をして事情を説明し「動物を保護しているのですが」と言った所、
「保護動物という事でしたら二週間はこちらで預かれます」
「飼い主が分かっているのでその後は一ヶ月程度は、別施設での保護という形になります」
「出来れば親族の方が、直ぐに引き取って貰うのが一番いいのですが、そうでない場合は二週間を超えてから拾得物として他の方への引渡しも可能です」
 規則上ではこうなっている…との返答を受けました。
「え?動物って『物』扱いなの?」

 そんな事や、手続きが面倒そうだなと思っていた時、対応してくれた担当の方が思慮深く察してくれたのか、さり気なく最後に言いました。


『最も、ご事情がご事情で、動物を「保護」しているのではなく、知人の飼い犬を預かっている分には、なんら規則的な問題はありませんけどね 』

 


 こうして、ホームセンターの店長も胸をなでおろし、マリちゃんを乗せた車は、我が家へ到着したのでした。
 折りしも土曜日、突然のマリちゃんご訪問に、大歓喜する犬大好き旦那と娘とチャム。
 チャムと娘はともかく、無邪気に喜ぶ旦那に心の中で拳を固めながら、チャムとの散歩とお昼の買い出しを言い渡し、買ってきた荷物を部屋に放り込むと、私は旦那に軽く説明だけして、教えてもらった病院へ向かいました。


 病院へ着くと、検査は既に終わっていて、結果は一過性の心不全
 今後検査は継続しなければいけないものの、病室にいた葉山さんは元気そうで、笑顔で私を迎えてくれました。
「どうもお手数をかけました」
 丁寧なお礼合戦を制し、マリちゃんの事などを話していると、お子様達はマンション暮らしで遠方住まいなので世話をする事は難しく、精密検査などであと一週間は入院するとの事。
「よろしければなのですが…」
 これまでの経緯をお話し、退院するまでの間、マリちゃんは家で預かる事になりました。

 


 娘も、遊び疲れたチャム&マリちゃんも、今はぐっすり眠っています。
 葉山さん入院中のお世話は、葉山さんの娘さんが一旦実家に戻る事で心配はなくなりました。
 調子に乗って「コーギー犬も飼おうか?」と言い出しそうな旦那はアンパンチで制するとして、マリちゃんと離れる時には、小学一年の娘は多分泣くんだろうなぁ。と、思いつつ、葉山さんの一刻も早い快癒退院を願いました。


 そうして翌日は何事もなく過ぎましたが、3日目あたりから少し元気のなくなるマリちゃん。
 やはり何かしら感じている様です。おしりフリフリもなんとなく元気がありません。

 

 私は、ドッグトレーナーさんに電話をしていろいろと伺い、病院へ。
 機内モードにしたスマートフォンで、マリちゃん充てメッセージを録画し、葉山さんの使いかけのタオルを頂いて帰りました。
 葉山さんの動画と声に(わんわん!)と吼えて返すマリちゃん。
 何度も何度も再生をせかされ、ようやく落ち着いた今は、タオルを抱きかかえるようにしてチャムと一緒に犬用ベッドで寝る様になりました。


 なんとか日常も落ち着きを取り戻し、事件のあったちょうど一週間後の土曜日、葉山さんの娘さんから「水曜に退院が決まりました」と連絡を受けました。
 マリちゃんのお返しは、葉山さんの復調のこともありもう、少し先に延ばして、次の日曜日にドッグランでという事に。

 そう告げると、旦那はかなり残念そうな顔をしていましたが「チャムが逆の目に合ってたらどう思うの?」の言葉に渋々納得した様です。


 次の日曜日、私たちは、約束の時刻よりも早めにドッグランへ到着し、チャムとマリちゃんを遊ばせていました。
 しばらくすると、ボールを追っかけて遊んでいたマリちゃんが急に立ち止まり、ダッシュでドッグランの出入り口ゲートに走り寄ります。
 よく見ると向こう奥の駐車場から、若い女性に手をひかれ、車から降りてくるのは葉山さんでした。

 (わん!わわん!!わんわんわん!!!!!)

 柵に飛びつき、せかすように。嬉しそうに吠えるマリちゃん。
 『よかったね。一番大好きな所へ戻ってこれて』
 私は心の中で思いました。


 ほどなくして、マリちゃんは葉山さんに飛びつき、無事に再会を果たしました。
 マリちゃんがべったりとくっついた葉山んとの挨拶も済ませると。

「初めまして、葉山の娘です。私の仕事の都合とはいえ、マリのお世話では大変お手数をおかけしました」
 初夏らしく小ざっぱりとしたショートカット似合うの若い娘さんは頭を下げて、言いました。

 一通り、挨拶も終わりベンチに座る私たち。
 目の前では、娘や旦那の投げるテニスボールをおっかけ、今はもう元気いっぱいに走り回るチャムとマリちゃん。
 いろいろな騒動があったこの数日ですが、その光景を見て本当に良かったと思いました。私も久しぶりに葉山さんとゆっくり話せて、回復とお元気さぶりに安心しました。


 でも、楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。


「バイバイ。マリちゃんまたね」
 未練たっぷりにチャムを抱え見送る旦那に比べ、固辞するのも何だからと受け取った菓子折りを抱えた娘は、手を振りながら意外にさばさばとした様子で言いました。

 

 散々遊んだ午後の帰りの車中、プリプリのおしり大好きだった旦那は、少し元気がない様子。「これ以上犬は飼いません!」と釘を刺したのがまずかったかなと思いつつ。

「しょうがない…今日の晩御飯は、焼肉にしますか!帰りがけにスーパー寄ってね」

 

 私がそう言うと、しおしおが途端に元気になる旦那。ゲンキンすぎる相方を横目に、心の中ではやはりグーを出しつつも、窓の外では町並みが流れていきます。

 『まあ、晩御飯は、簡単になりそうだし。とりあえずは一安心かな』

 

 私は「また二週間後に」と約束した、ドッグランでの邂逅の楽しみに、流れ行く景色を想いをはせて眺めていました。

 

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